江戸時代では下魚!日本人のマグロの食の歴史

江戸時代では下魚!日本人のマグロの食の歴史

今では商品価値として高いマグロですが、江戸時代では「下魚(げざかな)」と呼ばれ価値の低いものとして扱われていました。

 

ここでは日本人とマグロの歴史を踏まえどのように価値観が変わってきたのかを紹介していきます。

 

 

昔の人にとってマグロは腐敗し易く、食べ辛いもの

鮮度を保つのが困難だった時代、特にすぐに黒ずんで傷んでしまうマグロは懐に余裕のある人達にとっては見向きもされていませんでした。

 

さらに「死日(しび)」という言葉につながるという意味で忌み嫌われていたようです。

 

江戸時代になっても食べ物として利用し辛いもの

干したり塩漬けにして利用しようしても、それまでの食べ辛いという認識に変わりはなく相変わらず庶民には受け入れられるものではなかったようです。

 

醤油の存在からマグロが一般庶民に食される

醤油自体は室町時代から調味料として生産されていたようですが、本格的に普及し始めたのは江戸時代からのようです。

 

19世紀半ばマグロの大漁の時期と醤油に漬けるという調理法で多くの庶民にも食されはじめました。ただしここでは赤身の部分だけだったようです。

 

冷蔵技術の進歩からマグロに対する価値観が変化する

20世紀前半になり、ついに鮪の鮮度を保つ方法が可能となり赤身以外でも味覚が見直され、トロを筆頭として私たち日本人にとって大変価値の高い食品として認識されるようになりました。

 

 

 

いかがでしたでしょうか。保存方法がまだ確立していない時代にマグロは腐敗の速さや死日という言葉にかけて嫌がられており、対照的に鯛が縁起の良い食べ物として身分の高い人達から好まれていたようです。

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